《体験取材》ギターを測定する機械「plek」って何だ?[記事公開日]2019年2月2日
[最終更新日]2019年02月2日
[ライター]小林 健悟

「plek (プレック)」というマシンがギター業界に広まっています。いろいろなメーカーでナット溝を切ったりフレットを整えたりするのに使われているようですが、世界各地のリペアショップでもビシっと調整するためにplekを導入する、というところが目立つようになってきました。「あの店にplekが入るらしい」なんて話がミュージシャン同士でうわさされることもしばしば。このplekとはどういうもので、どんなことができるのでしょうか。そんなわけで、名古屋大須の「GRACIAS(グラシャス)」を訪れ、plekを体験させてもらいました。グラシャスはいち早くplekを導入しています。「日本に3台しかない」と言われていた時代の1台が、ここグラシャスのplekです。plekは年に一回程度システムのアップグレードが行われるので、機能は最新です。

地下鉄「大須観音」下車すぐ。大須の町はその名の通りの大須観音と活気のある商店街で知られていますが、「大正琴発祥の地」でもあるのだとか。

店主の坂田聡(さかた・さとる)さん。プロのベーシスト「坂田ブンテイ」としても知られています。今回はplekを中心に、コラム的ないろいろなこともご説明いただきました。取材中も坂田さんのウデを見込んだお客さんが次々とリペアの依頼に訪れます。

さっそくplek体験!

打ち合わせ&計測準備

今回計測するのは、PRSのカスタム24。弦高やネックの反りはなかなか良い状態のはずなのに、6弦で発生する謎のビビりが気になる。plekでこの謎を解明できないか、ということでオーナーさんがグラシャスに訪れるのに便乗して取材させて頂いたわけです。

坂田:plekは結局「測定器」なのであって、私たちリペアマンにとっては単なる「道具」なんです。気になる場所を治すために使う、というものです。

弦はエリクサーですね。では、昨年できた「エリクサーモード」でひとまずやってみます。通常plekは弦に電気を通しながら測定をします。コーティング弦は通電しませんから、これまではいったんコーティングを剥がしてから測定をしていました。これに対応するためにコーティング弦に対応した「エリクサーモード」ができたんですが、残念ながらまだちょいちょいエラーが出ます。その場合はコーティングを剥がしてやり直す、ということになります。

ショップのカウンターがリペアの作業場にもなっています。測定前に、しっかりチューニングを合わせます。写真中央に、今まさに使用しているストロボチューナーがあります。

見たところ全体的に、若干順反り気味になっていますね。トラスロッドをちょっと絞めた方が良いかなというのと、1弦から6弦に向けて少しずつ高くなっていくように、弦高のセッティングを整えた方がいいかな、という感じです。では、現在どういう状態なのかをplekで見てみましょう。まず、測定するギターのモデル名や弦のゲージなどのデータを入力します。

業務用冷蔵庫のような本体を、隣のPCで操作します。奥の壁にかかっている老舗ライブハウス「Electric Lady Land(ELL)」のロゴは、移転前のステージで実際に掲示されていたものです。昔から付き合いがあったのだとか。

plekの測定器。このメカの塊が上下に動き、中央あたりにある金属製の「センサーフィンガー」で測定します。メカの上部には切削加工する「ビット」もスタンバっています。

円盤の中央から突き出ているのが「センサーフィンガー」。円盤ごとニューッと伸びて、弦やフレットに触れ、1000分の1ミリの精度で計測します。

センサーフィンガーの真上につき出ているのは、ナットを削るための「ビット」。目的に応じて取り替えて使用し、指板も切削できます。加工精度はこれも1000分の1ミリ。

このメカの下部にスタンバっているのが、フレットの加工器です。こいつが回転して、フレットを削ります。くどいようだかこれも1000分の1ミリの加工精度。

扉の内側にギターを固定します。今回はヘッドを利用して固定していますが、ヘッドレスギターでも大丈夫です。

ヘッド側とボディ側で固定し、位置を確認します。

専用のゲージを当てて、きちんと計測できる位置に固定できているかどうかを確認しています。

いよいよ計測開始!

計測が始まりました。

センサーフィンガーが伸びてツンツンと弦に触れ、弦高の測定をします。

センサーフィンガーはヘッド側へ移動、今度はナット溝の深さを計測します。しかし!

「弦が測定できない」というエラーが!こりゃえらーこっちゃ。何度かトライしましたがやはりエラーが出たので、弦のコーティングを剥がすことに。

サンドペーパーを使って、一本一本のコーティングを剥がしていきます。

コラム:コーティング弦のデメリットとは

坂田:実は、当店ではコーティング弦のお勧めはしていません。唯一、手汗の酸が異常にひどくて弦やフレットを腐食させてしまう、弦の状態がすぐ悪くなってしまう、というような人にのみ、お勧めしています。

コーティング弦は一見錆びませんから、長期間張りっぱなしになりがちです。その間、指板に汚れが貯まりがちになります。

また錆びはしないけど、フレットに押され続けた物理的な変形が蓄積しますから、その結果ビビリが出たり、オクターブピッチが合わなくなったりします。普通の弦(コーティングしていない弦)はここまで痛む前に錆びてしまいますから、いつも良い状態で演奏できると思います。だからコーティング弦を無理に長期間使用するメリットはあまり無くて、そのかわり当店では指板潤滑剤をお勧めしています。

(注:コーティング弦のメーカーも、半年や一年といった極端に長い期間での使用は保証していません。たとえばエリクサーでは、「コーティングされていない弦の3~5倍」程度の寿命だとしています)

あとは、コーティングされている弦では「弦アース」が取れません。EMGピックアップ搭載機やワイヤレスシステムを使う場合にはアースの問題がないので大丈夫なんですが、そうじゃない場合には、皆さんどうしているんでしょうか。ちなみにギター用のエリクサーの場合、プレーン弦はコーティングされていないので1~3弦で弦アースを取ることはできます。ベースの場合、全弦巻き弦ですからね、どうあっても弦アースは取れません。

再度計測にトライ!

あらためて「通常モード」での計測。弦をセンサーフィンガーで通電させるため、ペグに電極を付けます。

坂田ファンフレットの場合、今のところ測定までは可能です。現状でファンフレットを削るのはまだできませんが、現在システムの開発中らしいですから、今後のアップグレードで追い付いてくると思います。ステンレスフレットは硬いですが、これに対応した「ステンレスモード」がありますから、施工可能です。サークル・フレッティングシステムや、7弦以上の多弦ギターも大丈夫です。

経験上、PRSは調整がラクで助かることが多いです。フレットはほぼ削らなくて大丈夫なものが多いし、もともとの作りがしっかりしています。後ほど説明しますがplekの重要な考え方に適正なネックの反り加減を表す「リリーフ」という考え方があるんですが、これとPRSのフレットすり合わせとの相性がとても良いんです。PRSの工場はplekを使っていませんが、よくplekなしでコレをやっているな、というのが私の正直な感想です。逆にとてもコンディションの悪いというか、測定してみたらガタガタの指板だった、というのが多いメーカーもあるにはあります(どのメーカーかは内緒)。

計測に成功。緑のマルが各弦。ちょっといびつな弦高に見える。

まず、「目標弦高」を決めましょう。これは12フレット地点での現在の弦高です。コーティング弦ではやや誤差が出るもので、目視の計測と合わせて検討する必要があります。これは先程目視で測定したものより0.15~0.2ミリほど高く出ています。オーナーさんは低めの弦高がお好みとのことですから、1弦を1.3ミリくらいにしましょう。そこから段々上がって行って、6弦で1.7か1.75くらいにして、指板のRに合わせると・・・

目標の弦高を設定。各弦がキレイに並んでいる印象。ここに持っていくためにはどうすればいいか、他のデータから分かるというわけです。

こんな感じになりますね。暫定でコレを目標弦高とします。他のデータも見てみましょう。

上段がナット、下段がサドルの表示で、それぞれの弦高が表示されています。

  • 緑の横線:目標弦高
  • 赤の横線:現在の弦高
  • 黄色い範囲:オッケーライン

です。これを見るとナットはバラつきもなく綺麗なものだということが分かります。ところがサドルの位置は赤い横線が黄色い範囲の外に出ていますから、随分ずれていると判断できます。

これが、ネックの反り、フレットの山、そして弦の状態を表示した画面です。データは弦ごとに取りますが、これは3弦のコンディションです。これはギターを仰向けにした状態を表わしていて、

  • 順反りのグレー部分が指板(青いカーブは目標弦高を達成させる理想的なライン)
  • にょきにょきと生えているのが各フレット(各フレットの頂点は、赤い線で結ばれている。赤線に沿うような緑の線は理想ライン)
  • 左端に立つ黒い直線がナットで、反対側がサドル
  • ナットの先から右斜め上に伸びている直線が弦(緑の斜線が理想値、赤い斜線が現在の弦、黄色の帯がオッケーライン)

という模式図になっています。

1弦だとこのようになります。ハイポジションのフレットが理想ラインより高い感じの表示になっていますが、これは「ハイハネ防止」モードをわざとかけていることによるものですから、今のところ気にしなくて大丈夫です。ハイハネ防止モードで合わせると、他のポジションでもビビりを巧く抑制できるんです。こうしてみると、ちょっと順反りをしていつつも、おおむね良いカーブを描いていると言えるでしょう。

これは全ての弦の状態を現したもので、左側がナット部、右側に行くに従って順番にポジションが上がっていきます。黄色く記されている箇所はビビリが発生するところです。ただし現状「ハイハネ防止」モードでの表示なので、ハイポジションがビビりまくり、みたいに見えますね。

コラム:ハイハネ防止モード

坂田:ハイハネ防止モードは12フレット以上をなだらかに落として、全ポジションでのビビりを完全になくしてしまおうというものです。数値的には大幅に削ってしまうように見えますが、1000分の1ミリ単位の話なので、オクターブピッチには影響ありません。

ただし、12フレット以上をなだらかに落としたぶんだけハイポジションの弦高が若干上がります。私としては95点が100点になる程度と思っていますから、ハイハネ防止モードで施工するかどうかは、楽器の状態を見て判断しています。

ハイハネ防止モードを解除すると、このようになります。ビビりの発生しない、なかなか良い状態だということがわかります。

コラム:とんでもない状態のギターをどうにか巧く仕上げた例

ちなみにコレは、過去に依頼を受けたなかでもかなりコンディションの悪いギターです。指板がガタガタなのが分かりますね。フレットの現状も理想ラインとずいぶん離れています。コレと比べると、さっきのPRSがどれだけキレイな状態なのかが分かりますね。

施工前のビビりはこんな感じです。ローポジションでビビりまくり、ということが分かりますね。

それを、フレットのすり合わせによってどうにかうまいこと処置しました。指板のうねりは仕方がないものとして、フレットの山を理想ラインまで持って行ったわけです。弦高もオッケーラインの範囲内に収まりました。

トラスロッドの調整

坂田:ではこのPRSに戻って、これからどうしようか、という話になります。若干順反りなので、ちょっと絞めますね(20~30度くらい回す。これで「結構回した方」という具合)。ギターの状態が良すぎるので、今回はフレットを削らなくても大丈夫、という判定が下る可能性が高いと思います。削ったら削ったなりの効果があるとは思いますが、この状態ならまだいいかな、とは思いますよ。取材としてはサンプルが良すぎましたね(笑)。これで再度計測します。

計測が完了しました。さすがに今度はイッパツです。

1弦はバッチリですね。しかし、

5、6弦の指板はちょっと真っすぐすぎのようです。ちょっと絞めすぎたみたいですね。

現状、6弦6フレットでビビりが発生する、という状態です(黄色いマークが出ています)。1弦側はほぼ理想通りの反り方だけど、6弦側はわずかにまっすぐ過ぎる、ということがわかります。そんなわけで、最初の状態と今の状態の間くらいまで、わずかにトラスロッドを緩めるくらいでちょうどいいかな、と思います。そんなわけで、ちょっとだけトラスロッドを緩め、再び計測して確認してみましょう。ちなみに私がplekを持っていなかったら、正解は自分の中でしかなかったわけですし、現状で「こんなもんでしょ」と判定していたと思います。plekの測定では楽器の状態を数字で表示しますから、「客観的に良い状態がどこにあるのか」が具体的に分かるようになったわけで、私の勉強にもなっています。「楽器を見る目」というのがこの5年間でかなり変わってきたな、と実感しています。

コラム:plekはリペアマンを失業させる?

坂田:plekが発明されたからと言って、リペアマンが自分の仕事を奪われる、ということにはなりません。むしろ仕事は増えています。実際に当店の場合、plek導入前で年間5本程度だったフレットすり合わせの受注は、plekを導入してから年間300本にまで増えました。かつてはここまで気にしなかった人たちが興味を持つようになって依頼するようになってきた、という印象です。

今まではそこまでフレットの状態を気にするという風潮がありませんでしたし、フレットすり合わせを依頼するなら最低でも一週間、下手すれば一ヶ月、楽器をショップに預けなければなりませんでした。しかしそれが最短2時間で、しかもちゃんとしたクオリティで、できるようになったわけです。

数字が出るからごまかしようがありませんし、フレットを削るにしてもそのシミュレーションができますから、どれだけフレットが残るのかも施工前に分かります。ロッド調整してから削るとどうなるか、ローポジション側のフレットを多く残したいのかハイポジション側を残したいのか、いろいろなパターンを検討できるわけですが、そこからオーナーさんとリペアマンの話し合いで方針を決めていくことになります。

リペアマンはいろいろなパターンからお客さんの意向を汲んだ提案をしますし、さっきトラスロッドを回したように、人間の仕事も必要なんです。よく「plekをかける」という言い方をしますが、電子レンジみたいに入れたら「チン!」って出てくるなんて安易なものではないんです。

「ハイハネ防止」モードが入った状態で、この表示になりました。各弦のフレットラインはほぼ理想的なところをなぞっていますね。四角形の中の数字が、理想ラインに持っていくために必要な「削る量」で、単位は「1000分の1mm」です。

坂田:経験上、0.1mm以下(四角内の数字では100以下)のすり合わせは、フレットがキレイになったかな、と思う程度、0.1mm以上になって初めて削ったかな、と分かる程度です。今回のカスタム24の場合、四角内の数字で100まで行っているところが見当たりませんから、私の感覚としては「まだ削らなくていいかな」と思います。100点を求めたいならフレットを削ってみるのもアリだと思うんですが、その前に弦高を合わせてみます。

ここで初めてサドルの高さを調整し、それに応じてオクターブ調整も施します。これで完了。

コラム:フレットの「浮き」

坂田:今回はカスタム24だったので見るまでもなかったんですが、普通はフレットをコンコンと叩いて、フレットの浮きを調べます。やはりこのギターはどこを叩いても「コンコン」とイイ音がしますね。叩いて「コスコス」っていう柔らかい木を叩いたような感じの鈍い音がする場合は、フレットが浮いています。求めやすい価格帯のギターのフレットは大半が浮いているといっても言い過ぎではありません。木材自体の収縮や長年の使用で染み込んだ汗が原因になる場合もありますし、指板潤滑剤のスプレーを直接吹き付けて使っている指板なんかも、フレットは浮きやすいですよ(注:スプレーは布に少量吹き付けるのが正しい使い方です)。

普及価格帯のギターの場合、新品の時点でフレットが浮いていることがあっても珍しくはありません。フレットと指板の間に影があるなんていう、見てわかる場合は相当浮いています。見ても分からない浮きは叩くと分かるんです。浮いているということはガタつきがあって、振動の伝わり方に問題があるということなんです。本当ならフレットを全部抜いて、溝を修正して、新しいフレットを打ち直すのがベストなんですが、なかなかの大工事です。そのかわり、ここに一滴にも満たないわずかな量ですが接着剤を流し込んで固定してやると、鳴り方が改善されます。経験上、特に10万円近辺のギターは激変してものすごく良いギターになることが多いですよ。

オーナーさんによるチェック!

坂田:これで最終的にどういう状態になったかを測定してみます。やはり誤差が出るのでちょっと高めの数値が出ていますが、全体的なバランスとして、1弦と4弦だけもうちょっと高くてもいいかな、という感じです。機械はこうやって表示していますが、あくまでも判断するのは人間の仕事なんです。また、エリクサーならだいたいこれくらいの誤差、みたいな機械のクセも把握しておく必要があります。

オーナーさんは「気になっていた謎のビビりが治まっていて、快適に指が運べるようになった」と実感できたようです。弦高は低めと言いながらも、押さえた感触がちゃんとある、適度な高さになっています。オーナーさんは、コレでオッケーと判断しました。めでたしめでたし。オーナーのSさん、取材協力ありがとうございました。

坂田:お客さんにはいつも、ゲージと弦高のセッティングをメモしたカードをお渡ししています。ギターは木でできていますから、何らかの環境変化で反りが変化するものです。ブリッジが動くこともありますが、やはりネックから動きます。弦高の調整は第一にネック、それからブリッジです。

今回はサンプルが最初からかなりいい状態でしたから、あまり大きな変化にまではいかなかったと思います。たとえばアコギは弦の振動量イコール音量ですから、一番変化が分かりやすいです。plekは弦の振動を殺さない調整を目指しますから、その楽器でいちばん大きな音が出せるようになるわけです。

「リペアマンの仕事」とは何か

坂田:plekは魔法の箱ではなく、あくまで道具にすぎません。今回はあっさり目標弦高を設定できましたが、お客さんが求める弦高を具体的に割り出すのは、リペアマンの仕事です。「極限まで下げてくれ」というお客さんも多いんですが、その人の演奏がものすごいハードピッキングだったりする場合、「1mmの弦高でその弾き方だったら音は出ませんよ」みたいに再検討をお願いすることもあります。弦高は弦振動の最大量ですから、低くなったら最大振動は小さくなります。超低弦高でバキバキ弾いても、マトモな音は出ません。

お客さんの弾き方、出したい音、楽器のコンディションによって、適正な弦高はある程度絞られてきます。それがお客さんの求める数字といつも一致するわけではありません。そういったところのアドバイスをして、お客さんの持つ理想と現実をすり合わせるのもリペアマンの仕事なんです。すり合わせるのはフレットだけではありません。

お客さんにちゃんとわかってもらう、お客さんと意思疎通する、そのためにはショップで対面して作業するのが一番です。遠方から楽器を送っていただいて、メールでやり取りするというお客さんもいらっしゃいますが、できる限り一度は電話して、話をしてから施工するようにしています。でなければ、こちらが良かれと思ってやったリペアが、お客さん的には気に入らなかった、なんてことも起きてしまいます。「だからやり直してくれ」って言ってくださるお客さんは助かるんですが、その1回で「あそこはダメだ」なんて思われてしまったら、そのお客さんはもう来店してくださいませんし、ショップの悪い評判が立ってしまいます。それは技術的な問題ではなく、意思疎通の問題なんです。お客さんの求めるものをこちらが察知できるか、その術があるか、そこがリペアマンの仕事ではとても重要です。

plekにおける重要な概念「リリーフ」とは?

坂田:では、「リリーフ」の解説をします。

まず、この1弦の理想フレットライン(緑の線)を見てください。

なぜ、「直線ではなくて順反り」なのでしょうか。これは、弦の振動の仕方にポイントがあるんです。ピッキングした瞬間の初期振動ではいろいろな方向に動きますが、そこから弦は「大縄跳び」のような回転運動に移行します。それが「最大でどれだけ揺れるか」は、「12フレットの弦高」によって決まります(図1)。

図1:12フレットの弦高が、弦の最大振り幅を決める。
弦は弦高以上の幅で振動することができない。

坂田:開放弦が最も大きく振動しますし、12フレットが弦の真ん中ですからね。それ以上に揺らそうとしても、フレットにぶつかってしまいます。「最大限に振動するまではだれにも邪魔をさせない!」というラインがこの黒の線なんです。これが実現できるようにネックを反らせてやると、最大限に弦が振動しても、ビビらずにちゃんと揺れてくれる、というわけです。

仮にフレットラインが直線だったとして、サドルを上げて弦高を上げるとどうなるかというと、今度は低いポジションでビビりが発生します(図2)。これを嫌がってナットを高くしてしまうと、こんどはローポジションの弦高がありすぎて弾きにくくなってしまいます。


図2:フレットラインが直線だったら

坂田:だから、弦が最大限に振動できる余地を作ってやろう、できる限り自然な弦振動を殺さないようにしよう、というのが「リリーフ」の概念です(図3)。漠然と「ちょっと順反りが良い」みたいな感じなのではなく、ちゃんとした理論に基づいた考え方なんです。

図3:弦高の振動に沿ったフレットラインだったら
図2と図3で、12フレットの弦高は同じです。

「低音側の弦高を徐々に上げる」その理由とは

坂田:ここからは私の考えですが、1弦から6弦に向けて徐々に弦高を上げていくのには、二つの理由があるんです。一つ目は「手触り」です。全部同じ弦高にしたら、1弦の弦高が高いように感じてしまいます。

二つ目は「弦の振れ幅」です。1弦と6弦を同じ強さでピッキングした場合、どっちが大きく振動するかといえば、6弦ですよね。ということは、低音弦に移行するにつれて、振動の余地として弦高を上げていく必要があるわけです。

ということで、ネックの1弦側と6弦側の反り方は同じではなく、低音弦に行くにしたがって徐々に反りを増やしてやると、どの弦もまんべんない感じに振動できるわけです。許容量を超えた振動を与えた場合、弦はフレットに衝突するんですが、それは致し方のないことです。「どうあってもビビらせたくない!」ということであれば弦高はとんでもない高さになって、弾き心地のとても悪いギターになってしまいます。

「リリーフ」の考え方は「弦が最大限に振動する余地を作ってやろう」というものでしたが、この最大限はあくまでも「好きな弾き心地の範囲」の中で、ということなんです。結果、1弦側はなだらかな順反り、低音弦に行くにしたがって徐々に反り方が増していく、という状態が「理想的な順反り」となります。これをトラスロッド一本でどうにかしよう、というのは無理な話ですし、木材のクセなどいろいろな要素が絡んできます。

ベースの方が大変?

坂田:ギターは1弦から6弦までの張力がだいたい揃っていますから、そんなに大きな事故は起きません。問題はベースなんです。4弦ベースの一般的な弦の場合、2弦の張力が群を抜いて一番強く、次いで1弦、3弦、そして4弦は極端に弱い、という順番なんです。そうなると「、キレイに真面目に作ってあるネックほど、高音側が多く反る」という、理想とは真逆の順反りになります。本来なら指板上で理想的な反りを作った上でフレットを打ち込むのがいいんですけど、かなり手間がかかります。それならフレットの処理でやってしまおう、というわけです。とはいえ0.1mmとか0.15mmなんていう小さな世界であって、どんな楽器でもそれくらいのすり合わせの余地は残っています。ここを処理すると、ベースの4弦は驚くほど良好に振動するようになります。

ネックの反りで言ったら、1弦に合わせたら4弦は真っすぐすぎ、4弦に合わせたら1弦は反りすぎになります。ネックの反りは1弦に合わせておいて、4弦側のフレットの高さを巧く合わせてやると、とても鳴りが良いベースになるんです。

plekの「リリーフ」と同じ概念は、実は昔からありました。フェンダー・カスタムショップのクラフトマンの中には、plekが発明される前から感覚的にこのようなセッティングでセットアップする人がいました。また、昔のバイオリンやコントラバスなんかでも、このようなセッティングになっていました。まあこれは昔の設定でして、現代の常識で言うと反らせ過ぎになります。

グラシャスは、こんなお店

店内には、好きな人ならよだれが出そうな高級ベースがずらり。

ヒョウタンをビーズで覆った楽器「シェケレ」。東京のパーカッショニスト業界では「名古屋にシェケレ屋がある」と噂されるほど、グラシャスはこの分野で有名なのだそうな。

右手側はギターに見えて、6弦3コースの「トレス」というキューバ発祥の楽器。K.YAIRIの製品だが、グラシャスのプロデュースなのだとか。左手側は現在この店にある唯一のギターです。

プレゼントされたものらしい、バス釣り専門店の看板。グラシャス立ち上げ当初はギターもベースも販売していたのですが、客層がベーシストばかりで、ニーズに合わせていくうちに徐々にベースが並ぶ「ベース・プロショップ」になっていったのだとか。リペアはギターもベースも受け付けています。

坂田:私自身がラテン音楽をやる関係で、面白い楽器があったら仕入れているんです。明日から2週間ほど出張なんですが、そこでまたラテンパーカッションの買い付けをしてきます。

今回大活躍したplekをバックに、ご自身のアンペグ社製「ベイビーベース」との記念撮影。ベイビーベースは「ラテンをやるなら持っていたいベース」ですが、内部の発泡ウレタンと塗料の化学反応によって「ギンナンのような独特の香りがする」ことでも有名。ボディはプラスチック製です。ハウリングに強いことから「爆音ベース」と言われることも。ジャズのウッドベースとは異なる印象の、「ポーン」と飛んでくるアタックの強いサウンド。ラテンにおけるベースは、パーカッションの一部と考えられています。

坂田:ベイビーベースはピックアップが独特で、ピエゾではなくマグネットなんです。「マンホールの蓋」のような金属版の上に、木製のサドルが乗っかっています。弦の振動がサドルを通して金属板を振動させる、その振動を内部のマグネットピックアップが拾う、という仕組みです。この構造が独特で詳しい人が少ないということで、当店には全国からベイビーベース修理/調整の依頼が来ます。オリジナルでパーツを作ることもありますよ。

同じ仕組みのピックアップを使った、コレよりもう少しスリムなベースを開発中です。唯一アンペグ社からコピーモデル生産の許可をもらっている「アゾラ」というアメリカの会社があったんですが、5年前に畳んでしまったんです。当店はその代理店だったんですが、そのなかの1モデルをコピーする許可をもらえました。


以上、名古屋地下鉄「大須観音」駅すぐ、「グラシャス」にて、plekの体験をレポートしました。いかにplekが高性能だといっても、リペアマンの仕事があって初めて活かされる「道具」なのだということがわかりました。

また店主の坂田さんより、plekについての解説に始まっていろいろなことをお話しいただきました。しっかり説明くださった上で、オーナーさんの納得のいく仕事をしてくださいました。今回のように、plekは測定だけの利用も可能です。坂田さん、ありがとうございました!

ライター:小林 健悟

エレキギター博士」 「アコースティックギター博士」で記事を書いています。 ギター教室もやっておりますので、興味のある方はぜひどうぞ☆ The Guitar Road 郡上八幡教室のページ  松栄堂楽器ミュージックスクエア岐南のページ 春日井音楽院のページ - ギター教室navi

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