2020年9月9日に販売されたあいみょんの3作目のフルアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」
前作の「瞬間的シックスセンス」から1年7ヶ月ぶりのリリースとなった今作。全曲レビューを書いてみた。
歯切れの良いアコースティックギターから始まる、アルバムの一曲目を飾るに相応しいアップテンポのリードナンバー。
「黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を」という長いタイトルがそのままサビになっている曲で、フォーキーでキャッチーなメロディーにメッセージ性のある歌詞を載せている。とても「あいみょんらしい」曲と言えるのではないだろうか。
マーチングの軽快なリズムに乗って、本人の強い意志が歌われているように感じる。
聴いていてとても心地よく、アルバム二曲目に自然と引っ張られる。
そんな不思議な引力を持った曲だ。
あいみょん7枚目のシングル。
映画「クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜」の主題歌として書き下ろされた楽曲で、「ハルノヒ」というタイトルは野原一家が住む「春日部」から来ている。
歌い出しの「北千住のプラットフォーム」はクレヨンしんちゃんの父ひろしが母みさえにプロポーズした場所。
こうしたタイアップとしてのクレヨンしんちゃんのストーリーをきちんと盛り込みながらも、景色が浮かんでくるような秀逸な情景描写は流石である。
あいみょんの楽曲は奥底に共通して「優しさ」がある。
デビュー曲の「生きていたんだよな」でも自殺した人間への「優しさ」が溢れていて、
この作品でも「蕾」に対して「焦らないでいい いつか花束になっておくれよ」と心が包み込まれるような「優しさ」を感じる。
「クレヨンしんちゃん」の大ファンであると本人も公言しており、この「ハルノヒ」を聴くと原作への強い愛を感じる。
こちらはポップで可愛らしいイントロから始まるが、内容は失恋ソング。
失恋ソングなのだが、歌詞はうまくぼかされていてフワッとした印象を受ける。
よく言えば余白が大きく、聴き手にとって想像の余地をしっかりと残してくれている。
ずっと具体的な情景の曲や、メッセージ制の強い曲が続くと聴き手は疲れてしまう。
アルバムの三曲目にこの曲はとても良い順番のように思う。
配信限定シングルとしてリリースされた楽曲。
「切り捨てた過去」への後悔と、その「切り捨てた過去」がある故に存在する今。
その葛藤を描いた楽曲。
「終わっていくこと」への悲しみ。それでも明日はやって来る。
人間の根源的な悲しみにフォーカスした楽曲で、それに対して「大丈夫」とも「頑張ろう」とも言うわけでもないのに、そっと背中をさすってくれるような、そんな歌に思える。
愛されない女性のやるせなさを歌った楽曲。
「終電逃して何のつもり?」「乾電池みたいな女だよ それは自覚しているし」など女性の惨めさがとても上手く描かれている。
「ボロボロになった心のシュレッダーの刃はもうガタガタだ」の比喩表現もとても面白い。
「気持ちの悪い自分を殴りたい 少し痛い大切なとこ 心臓あそこ どこ それが痛むの
嫌いじゃない痛み」
どこまでも惨めでダメな女性が描かれてるのだが、どこかそれでも共感出来てしまう。
心情描写がとても優れている曲だと感じる。
6曲目はあいみょん10枚目のシングル「裸の心」
TBS系火曜ドラマ「私の家政夫ナギサさん」の主題歌でもあるこの楽曲は2020年、どこかしらで一度は耳にしたことがある曲ではないだろうか。
フォーキーなメロディに切ない片想いの心情を乗せたこの歌は、情景描写が一切なく、心情描写だけで描かれている。
それでもこの「裸の心」が「2020 年間 USEN HIT 総合ランキング」で1位を獲得したのは、あいみょんのメロディセンスと言葉選びのセンスがずば抜けていることの証明であろう。
わかりやすく誰の心にも届く歌詞とメロディ。完成された王道のJ-POPソングと言えるだろう。
ロックでアッパーなナンバー。
重厚なギターサウンドが印象的なこの楽曲、公式のHPのインタビューであいみょん本人が「SEXソング」だと公言している。
官能的なテーマをとても上手く大衆向けに落とし込んで、卑猥さや嫌らしさはカケラもなく、あいみょんの世界としてきちんと表現できている。
何の前情報もなく歌詞だけ読むと若干難解な歌詞ではあるが、それがまた聴き手の想像を掻き立てる効果を生み出している。
本人もファンだと公言しているスピッツの歌詞の手法に近いものを感じる。
あいみょん9枚目のシングル。
アニメ映画「空の青さを知る人よ」の主題歌。映画の登場人物、慎之介の目線で書かれた歌詞だが、歌い出しの「全然好きじゃなかった」から歌の世界にぐっと引き込まれてしまう。
メロディラインの美しさもさることながら、切ない歌詞に胸の奥が掴まれたような気持ちにさせられる。
原作のストーリーを知らない人でも楽曲単体として、十分感動させられる強度を持っている。
曲を聴いた上で、原作を観てみたいと思った人も少なくないだろう。
TBS系 火曜ドラマ「Heaven?~ご苦楽レストラン~」の主題歌として書き下ろされた楽曲。
アルバムを通して聴くと、他の曲とは雰囲気が大きく違って感じる。
サウンド的にはAメロ〜Bメロまではアンニュイな雰囲気が漂う。サビになると世界観がガラリと変わってとてもキャッチーでポップな歌になる。
思わず口ずさみたくなるような軽快なサビで、カッコよくも飛び道具的な楽曲かと思わせて、どこまでもきちんと聴き手に寄り添ってくれる楽曲である。
ギターのアルペジオの旋律から始まるこの曲。忘れられない「香り」を買いに行く主人公の姿と心情が描かれている。
「香り」に紐付いてくる人間の記憶という、誰もが共感出来るテーマを切なくも温かく歌っていて、10曲目にこの曲は安心して聴いていられる。
歌詞の良さには色んな要素があるが、この曲は歌詞の着眼点が素晴らしい。「香り」の中にある自分の「過去」を求めるというところにフォーカスを当てて描いているこの曲は、「懐かしい匂いを嗅いで昔の記憶が走馬灯のように蘇った」という誰もが共感出来る歌に仕上がっている。
「A.P.Cの財布」「嘘を見破ってよ」といったワードが印象的。
瑛人の「ドルチェ&ガッパーナの香水」ではないが、「A.P.Cの財布」という固有名詞はかなり楽曲のストーリーに具体性を持たせ、歌詞をよりリアルなものにしてくれる。
彼への気持ちが離れていっている女性の心情のように思わせて、それでも彼の気持ちを引こうとするような一途さもまた垣間見れるような気がする。
明るい曲調ではあるが、聴けば聴くほどに切なさが込み上げて来る曲でもある。
色んな解釈が生まれそうな曲ではあるが、アルバム曲でありながらもこのクオリティは本当に凄い。
アルバムの最後を飾るこの曲は、キャッチーなメロディラインにどこかふわりとした歌詞。
風(かぜ)まかせ、そんな風(ふう)に生きてる、そんな風(かぜ)に乗ってる、といった言葉遊びも光る。
歌詞も押し付けがましくなく、コース料理ののデザートような曲にも思えるが、奥底に強い意志も感じる。
どこか一曲目の「黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を」に通じるようなものも感じた。
最後はアカペラからのハミングで余韻を残しアルバムを締め括る。
このアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」を通して聴いて一番驚いたのは、所謂「捨て曲」のようなものが全くないことだ。
どんなに優れたアルバムでも「ああ、こういうアルバムっぽい微妙な曲あるよね」といった曲が1〜2曲はあるものだが、このアルバムは本当に1曲1曲のクオリティが高く、とても「捨て曲」と呼べるようなものは見当たらなかった。
本来「捨て曲」なんてものはあってはならないのだが。
弾き語りを軸にした楽曲から、今風な楽曲まで、色んなジャンルの曲が収録されているが、どの曲も何よりもメロディがキャッチーである。
ドラマや映画のタイアップとして書き下ろされたもので、聴き手がその物語を知らなかったとしても、曲単体としても十分に楽しめるものになっている。
歌詞に関しても、情景描写、心情描写、言葉遊び、全て秀逸で、誰が聴いても共感できるような歌から、解釈についてじっくりと歌詞カードを読み返したくなるような曲まで、バリエーションがとても豊富である。
この「美味しいパスタがあると聞いて」誰もが共感できるポップスのアルバムとして物凄くクオリティの高いアルバムなのではないだろうか。
曲のストックは200曲以上あるとインタビューで語っていたあいみょん。
彼女のソングライティングの才能は計り知れない。
「美味しいパスタがあると聞いて」まだ聞いていない人は是非一枚手に取ってみて欲しい。
ライター:kato
2020年よりフリーライターとして活動。 @kato1155ka
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